小説家のもとへ

黒のスキニーにTシャツを着て、パーカーを羽織る。

 

 

 

あれから一度もクローゼットから出されることもなくなったワンピやスカートたちはまさに肥やしと化してしまっていて。

 

 

 

数少ないデニムたちはヘビロテ状態。

 

 

 

自分でも自分の干物加減は嫌でも自覚してるんだけど。

 

 

 

まだ恋をする気になれないから。

 

 

 

しばらくはこのままでいい。

 

 

 

***

 

 

 

しっかりめに朝食をとり、6時半にはマンションを出る。

 

 

 

駅までしっかり15分歩いて、電車で1時間。

 

 

 

駅を出て5分も歩けば私のパート先が見えてくる。

 

 

 

平屋造りの家というよりは屋敷と言った方がしっくりとくる、年期の入った大きな建物。

 

 

 

鼠色の屋根瓦が傲慢に光を反射して、なんとも貫禄のある佇まいだ。

 

 

屋敷を囲むようにぐるりと続く白壁の塀に沿って歩けば、どっしりとした門に辿り着く。

 

 

 

引き戸はいつも開けられたまま。

 

 

 

立て付けが悪くなり一度閉めると開かなくなるかららしい。

 

 

 

門をくぐり、飛び石を進めば豪奢な玄関に迎えられ、私は肩に提げた鞄から鍵を取り出した。

 

 

 

この屋敷でハウスキーパーを始めて1ヶ月。

 

 

 

普通に回したんじゃ開かないこの面倒な年期ものの鍵も一発で解錠できるようになった。

 

 

 

「今日もきっかり5分前だな」

 

 

 

まるで待ち構えていたように扉を引くと現れた雇い主に内心ビクッとしたのは、起きてるとは思わなかったから。

 

 

 

「お、はようございま…」

 

「腹減った」

 

 

 

ダークブラウンの少し長めの癖っ毛をかきあげながら、和食、と告げふらりと奥へと消えていく彼は昨日と同じデニムにロンT姿。

 

 

 

どうやら徹夜で仕事をしていたらしい。

 

台所に直行して、鞄からエプロンを取り出しパーカーを脱いで身につける。

 

 

 

昨日のうちに予約セットしていた炊飯器が真っ白な湯気を上げているのを確認して料理を始めると、

 

 

 

「味噌汁に豆腐いれといて」

 

 

 

ふらりと現れて注文をつける雇い主さま。

 

 

 

「厚揚げいれちゃいましたけど」

 

「豆腐も」

 

「…わかりました」

 

 

 

一度言い出すときかない人なのはこの1ヶ月で承知済み。

 

 

 

「穂積さん、摘まみ食いは行儀が悪いですよ」

 

 

 

卵焼きを口に運ぶ彼をたしなめるのはもう日課のようなもの。

 

 

 

私より4つ年上の雇い主、鷹岡穂積(タカオカホヅミ)氏は年相応に落ち着いた外見に反して子供っぽい人だ。

 

 

 

すらりとした長身に、華奢とまではいかないけど細身な体つき。

 

 

 

はっきりとした二重の瞳は髪と同じくダークブラウンで、スッと通った鼻筋や薄い唇がとてもバランスがいい。

 

 

 

干物女になる前の私なら軽くときめいただろう恵まれた外見の持ち主だ。
「もう出来ますから座っててください」

 

 

 

邪魔です、と。

 

 

 

雇い主相手にズケズケという私に穂積さんは気を悪くするでもなく。

 

 

 

むしろ聞こえてないくらいの様子でまた卵焼きをつまみ上げると、

 

 

 

「うまいよ」

 

 

 

と、私の口元まで持ってくる。

 

 

 

「結構です」

 

 

 

もうこれくらいのことには慣れっこで、間髪おかない切り返しもお手のものだ。

 

 

 

干物女は見た目がいい男にもそう簡単にはときめかないし動揺しない。

 

 

 

だって干からびてるから。

 

 

 

「おひたしに胡麻かけるなよ」

 

 

 

どこまでもマイペースな雇い主は、卵焼きを自分の口に運びながら去っていく。

 

 

 

珍しく鼻歌なんか歌ってるあたり今日は機嫌がいいらしい。

 

 

 

たぶん原稿が仕上がったのだろう。