朝食をつくる

穂積さんは小説家を生業としている。

 

 

 

人気がある作家だと、彼の担当を務める親友、倉木早織は言っていた。

 

 

 

本なんて大学の教本以来手にした覚えのない私には全く聞き覚えのない名前だけど。

 

 

 

本名で執筆する彼の名は幅広く知られているのだと早織は自慢気だった。

 

 

 

私には別の世界のことのような話だけど。

 

 

 

「…こんなものかな」

 

 

 

最後に味噌汁の味を確かめ、ご飯をよそう。

 

 

 

焼き鮭、小松菜のおひたし、卵焼きに残り物のきんぴら、味噌汁。

 

 

 

彩りは悪くない。

 

 

 

トレイにのせて穂積さんが待つ部屋に移動する。

 

 

 

ここは無駄に広い。

 

 

 

部屋数は7部屋あり、使われてるのはリビングを兼ねた仕事部屋と、寝室の2部屋だけ。

 

 

 

男の独り暮らしには随分な広さだ。
12畳の和室には大きなテレビとステレオ、食事用のどっしりとした木製のテーブルと本棚。

 

 

 

部屋の隅に仕事用の机がある。

 

 

 

自称アナログを愛する男だという彼は、原稿を書くのにパソコンは使わない。

 

 

 

机の上にあるのは万年筆と原稿用紙だけだ。

 

 

 

テーブルに朝食を並べると、それまでテレビを見てた彼はきちんと座り直し、

 

 

 

「いただきます」

 

 

 

と、手を合わせる。

 

 

 

つまみ食い常習犯の穂積さんだけど、こういうところはとても礼儀正しい。

 

 

 

お箸の持ち方も綺麗だし、食べる姿は上品で、育ちの良さを感じるのだからちぐはぐだ。

 

 

 

「モモ」

 

 

 

箸を持ちながら、穂積さんは台所に戻ろうとした私をまるで猫でも呼ぶように呼び止める。

 

「熱いお茶いれて戻ってこいよ」

 

「お茶ならそこに置いてますよ」

 

「俺のじゃなくてモモの」

 

「………」

 

 

 

別にお茶なんて飲みたくないんですけどね。

 

 

 

早くしろよ、と味噌汁のお椀を手にふーふーしながら一方的に話を終わらせた穂積さんに、私はそれ以上何も言わずにおく。

 

 

 

別に無理難題言われたり、面倒な用事を押し付けられた訳じゃないし。

 

 

 

でも、お仕事しなくていいんだろうか、と。

 

 

 

おおって額のお給料を先日頂いたばかりの私は気が引けなくもない。

 

 

 

まあ、雇い主が言ってるんだからいいんだろうけど。

 

 

 

これもよくあることだし、などと自分に納得させながら。

 

 

 

季節外れの台風がどうたらとテレビでアナウンサーが言ってる声を聞き流しつつ襖を引いた。