挑発

別にこの人の目にどう映ろうとどうでもいい。

 

 

 

どうでもいいんだけど。

 

 

 

なんで、私は顔をあげられないんだろう。

 

 

 

「穂積さんの書く小説のネタになるようなことなんて出てきませんよ」

 

 

 

ありがちなバカな女の転落話なんてネタにすらならない。

 

 

 

一年も付き合ってて相手が妻子持ちだったとすら気づかないような間抜けな女なんか、ネタにするにも無理がある。

 

 

 

「別にネタが欲しいわけじゃねぇよ」

 

 

 

コトン、と湯飲みが置かれる音に続くように、微かに畳が軋む気配がして。

 

 

 

テーブルに影が落ちる。

 

 

 

「そんなにうまい?」

 

 

 

伸びてきた手に湯飲みが奪われて、つられるように顔を上げると。

 

 

「話す時は相手の顔をみるもんだろ」

 

 

 

ダークブラウンの瞳に捕まった。

 

 

 

「………」

 

 

 

何を考えてるのか、欠片も読み取れない横幅のある瞳。

 

 

 

私は、そらすタイミングすら見つけられない。

 

 

 

「どんな男に失望させられたんだか知らねぇけど。そんな風になってさ」

 

 

 

馬鹿らしくねぇの?と。

 

 

 

テーブルに身を乗り出したまま、穂積さんは呆れたように言う。

 

 

 

ズカズカズカズカと。

 

 

 

遠慮も配慮もなく人のデリケートなところに土足で入ってきて。

 

 

 

好き放題だ。

 

 

 

「……穂積さんに関係ないでしょ」

 

 

 

ただの雇い主に踏み込まれる筋合いのない域だ。

 

 

 

もうここで話は終わりだと暗に予防線を引く。

 

 

 

だけど―――。

 

 

 

「ああ、関係ないね。けど気に食わねぇ」

 

 

 

私が引いた予防線を軽く無視して強引に入ってきた穂積さんに、私の中でザワリと何かが揺れた。

 

 

 

「女を干物にするような男なんかくそ食らえだ」

 

 

 

穂積さんは吐き捨てるようにそう言って。

 

 

 

気にくわないって言葉通りの目で、挑発するように私を見据える。

 

 

 

警報が、遠くで鳴ってる気がするのに。

 

 

 

ザワリ、ザワリと。

 

 

 

奥の方でざわめいてるのに。

 

 

 

「でも、そんな奴のためにグダグダ干物やってる女はもっと気にくわないね」

 

 

 

馬鹿だろって。

 

 

 

言葉に出さなくても十分語ってるその瞳から逃げ出せない。

 

 

 

「今のモモを相手が見たらどう思うかわかる?」

 

「……っ」