素直になれない私

「何かあったんですか?」

 

 

 

昨日はともかく、こんな時間に起きてることなど皆無に等しい人だ。

 

 

 

いつもは9時に私が起こすまで自発的に起きてくることなどない。

 

 

 

彼の寝室には目覚まし時計なんてものすら存在しないんだから。

 

 

 

「別に。起きたら雨降ってたから」

 

 

 

と、ハザードのスイッチをオフにして、穂積さんは車を発進させる。

 

 

 

「いつもの気まぐれですね」

 

 

 

助かりましたけど、と。

 

 

 

どうもこの人には素直になれない傾向にある私は、ありがとうございますと言えず。

 

 

 

内心ちょっと後悔をする。
まあ、この人だけじゃなく今は男性全てに素直になれないのかもしれないけど。

 

 

 

「きまぐれ、ね」

 

 

 

くすり、と笑う穂積さんは信号で停車するとサイドブレーキを引いて。

 

 

 

私に被さるように運転席から身をのりだした。

 

 

 

「………」

 

 

 

至近距離には穂積さんの鎖骨が覗く首もと。

 

 

 

シートの背に置かれた手が肩に触れそうで触れない際どいところ。

 

 

 

反射的に呼吸を止めた私の前髪を穂積さんの息が揺らして。

 

 

 

「ちゃんとベルトしろよ」

 

 

 

カチャリという音と共に私の視界から穂積さんが消えていく。
「……ベルトくらい自分でできますから」

 

 

 

書く分にはいくらでも言葉を紡ぐくせに、言葉を口に出すより行動のこの人は時々すごく心臓に悪いことをする。

 

 

 

わざとなのか、ただのマイペースなのか。

 

 

 

その飄々とした横顔からは判断ができないけれど。

 

 

 

とにかく。

 

 

 

たちが悪いことに代わりない。

 

 

 

「やみそうにないな」

 

 

 

私が言ったことなど聞こえてすらないような顔で呟いて、穂積さんは激しさを増した雨に一段階ワイパーを加速させる。

 

 

 

その、どこか機嫌の良さげな横顔が少しばかり憎らしい。